←調査企画部のページへ戻る 次ページへ→
バンコク紀行(NO.1)今回は田岡社長とともに、2人旅だ。海外にはこれまで2回行っているが、バリ島とグアム島という両方とも単なるリゾート満喫目的であり、バックパッカー的な1人旅を経験していない私には、世界各国を歩き回っている田岡社長の存在は非常に心強い。(情けない話である) 新千歳空港から大韓航空を利用し、ソウル経由で半日かけてバンコクに向かう。 14:05分の出発であるが、新千歳空港に着いたのは出発30分前。空港ロビーをプラプラ歩いていると、「ソウル行き○○○便は只今を持ちまして搭乗手続きを終了させていただきます」というアナウンス!仰天である!「まずい」と言って、2人は猛ダッシュ。(田岡社長はラグビーをやっていただけあって、さすがに速い。私は息切れを抑えながら、必至についていく) それにしても「あんまり早く行ってもしようがない」という確信犯的な遅刻をしていたのに、飛行機に乗れないとなっては話にならない。「明日からまた仕事かあ…」。現実が頭をよぎってしまう。大韓航空のカウンターにつき、2人は非常に申し訳なさそうに「すいません。乗せてください!」と頼み込む。 「お客さん、ラッキーですね。」と、大韓航空の男性係員。「よし!」と思いきや、「エコノミークラスは既に満席なので、ビジネスクラスに乗れますよ」と男性係員。「ラッキー!」と、私の顔はとてもほころんだ。(私の顔を知る人なら分かる、「アホ面」である)搭乗手続きに間に合っただけでもうれしいのに、座席のグレードまでアップするとは、まさに"棚からぼた餅”である。「生まれて初めて乗るビジネスクラスがタダ(無料)で乗れるなんて!」 快適な3時間の空の旅を経て、ソウル到着。ソウルではバンコク行きの便に乗り換えする時間が3時間あったが、またまた偶然、先程の機内で田岡社長の知人Uさんに偶然出くわしたこともあり(Uさんは母親を連れて、シドニーへ「親孝行の旅」の途上であった)、空港のフードコートでは本場の「眞露」を皆で豪快に呑みまくって、あっという間に時間が過ぎた。 ソウル出発は20時15分。今度は予約どおりのエコノミークラスである。空港でひたすら飲んだ本場の「眞露」が相当効いていたため、早速眠ろうと思ったら、私の隣に座っていた男性が英語で話しかけてきた。韓国人である。彼は35歳で携帯電話会社のCdma-oneに勤務する部長であり、今回は部下15名を引き連れてバンコクでのバカンスということであった。果たして日本の携帯電話会社でそんなに余裕のある会社はあるだろうかと思った。韓国では未だ花形産業のようである。 バンコクに着いたのは23時45分(日本時間で深夜1時45分。時差2時間)。さすがにアジアのハブ空港は大勢の利用客で賑わっていた。円をバーツに両替し(為替レートは1バーツ=3.45円くらいだったと思う)、ひとまず空港を出た。夜だからなのか、そんなに暑さは感じない。 ここからが旅行の醍醐味である。今回は、往復航空券しか手配していないので、ホテルの予約はしていない。偉そうに言っているが、実は、私は不安で一杯だった。「こんなに夜中に着いて、よく知らない国で、今夜はベッドに寝ることができるのだろうか?」。 長谷川 :「本当に大丈夫っすか?」 田岡社長:「大丈夫に決まってる(笑)。俺を信じろ!」 何とも頼もしい返答であるが、チェックインするまでは気が気でない。空港からタクシーを拾い、事前に調べていたバンコクの繁華街「パッポン通り」を目指してタクシーを走らせた。(このとき、タクシーには500バーツ支払った。あとになって考えてみると、少し支払いすぎであった)タクシーは飛ばしまくっている。(平均120km)速いが、「大丈夫かなあ」という思いのほうが大きい(周りの車も速いので仕方ない)。 夜は渋滞がなく非常にスムーズである。(渋滞は後述)20分くらい走ったであろうか、目的地の「パッポン通り」に着いた。「おおおーー」まずは感動である。久々の海外、久々の海外の繁華街、久々の…… 頭には色々浮かぶ。 ■写真:夜のカオサン通り(最終日撮影) 「パッポン通り」の夜はかなり騒々しく、屋台がひしめき合い、人が交差するのに肩と肩がぶつかり合うような場所が多い。札幌で言えば「すすきの」のようなところである。すすきのと違う点は、狭いスペースに凝縮されているといった感がある。 田岡社長が付近に立っていた若者に「ホテルを紹介してくれ」と英語で話し、繁華街のど真ん中にある中級クラスのホテルに案内してもらった。シングル1部屋1,400バーツである。(後になって考えると、ちょっと高い気がする。写真を撮っていなかったのが残念)場所はすごくいいところだ。とりあえずは寝床が確保でき、ほっとした。後は、また「飲む」だけである! 早速2人してホテルの玄関を出て、目の前に雰囲気の良いオープンテラスのバーがあったので、そこに腰掛けた。腰掛けた途端、バンコク名物、もといパッポン名物なのか、すぐさま若い女2人が我々に近寄ってきた。一緒に飲むことにした。(噂には聞いていたが、こんなに早く、本当に寄ってくるとは少しびっくりであった。よーく周りを見回すと、我々の様子を窺っている女性がたくさんいた。やはり日本人は『カモ』なのか…) まずはビールで乾杯。(1本90バーツ。SINGHAビール)田岡社長は流暢な英語で喋りまくっている。私も負けていられない。しかし、所詮は「長島英語」である。とはいえ、身振り手振りを加えながら、これまで生きてきた中で覚えている会話英語を連発させた。何とか通じるものである。女性たちは何やらゲームのようなものを持ってきた。五目並べならぬ「四目並べ」である。(タイで流行っているものなのか、伝統的な遊びなのかはよく分からない)非常に単純なゲームだが、盛り上がった。(言葉が完全に通じないことと、酒のせいもある)なかなか盛り上がったこともあり、店を変えて飲みなおそうと女の子を連れ出すと、何やら金がかかるようだった。確か1,500バーツ支払ったような気がする。(ホテル一泊料金より高い)その店と提携している女の子なのか、店に対してその金額を置いていった。 「いい店がある」ということで、女の子についていくと、日本で言う「キャバレー」的なところに案内されたが、バンコクに着いたばかりで、いきなりこんな店に入るのは雰囲気が台無しであると思い、「この店は嫌だ」と断った。その後、他の洒落た店を散策して歩いたが、時間はもう朝の4時近くなっており、ほとんどの店が閉店していた。結局、さっきのホテル前に戻り、最初の店で飲みなおした。そこで少し飲んで、長かった1日目は終了した。はっきりいって「酒漬け」の1日であった。 ▲この画面の上へ 次ページへ→ |