| 田岡総研文書ファイル |
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| 安岡先生と私 |
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私にとって、安岡正篤(やすおか まさひろ)先生(明治31年―昭和58年12月)は心の師である。 お逢いした事は一度もない。しかし、学生時代から幾度となく先生のご本を読ませていただいており、知らず知らずのうちに、私の感覚に強い影響を与えてきた。 強制されて読んだことは一度もないし、先生の人となりを知って読んだのでもない。書店で引き寄せられるように出会い、読み重ねてきた。先生が結構な人物だという事に気づいたのはづーっと後である。縁は味なものである。 惜しむらくは先生の生きた時代が「治世」の時代であった事。帝王学は「乱世」に花咲く学問である。先生が亡くなった昭和58年は「治世」の最後の年である。しかも12月に亡くなったときく。あと幾日かで「乱世」の幕開けである。偶然であろうか。 「治世」に書かれた先生の呼びかけは「乱世」の今、将に確信めいて聞こえる。先生のご研究を無駄にしてはいけない。今こそ活学として実戦しなければならないと思う。 それにしても「治世」にこれほどの帝王学者が現れるとは、先生はよほど世界を、緊張感を持って見つめてきたのだろう。今であれば色々な問題が次々と顕在化し、先生の言われるような事に気づく人も多いと思うが、先生は平時に今日を予兆されていたようである。 今生きていらっしゃればお聞きしたいことが色々ある。残念である。 ただし、過去においても「乱世」の幕開けで帝王学を活学として教える事のできた人物はいなかったときく。「乱世」は180年周期で訪れる。前回の「乱世は」幕末であった。その時の経験者は今生きていればゆうに200才を越す。だから、帝王学はいつも書物によって勉強する習わしである。 安岡先生が「治世」中に準備してくれたガイドラインを手がかりに「古典」より帝王学をひもとく事とする。「乱世」に入った今、一刻の猶予もない。 先生の著書「活眼活学」(PHP文庫)より、ガイドラインと思われる部分を引用する(少しまとめたが、文意は変えてない) ・ 肉眼だけでは世界が見えない。心眼を鍛えなければ、世の中の現象面の奥に潜む「からくり」は見えてこない。(からくりが判れば予測ができ先手が打てる) ・ 心眼を鍛えるには良い師友(良い先生・友人)が必要。友人に関してはできるだけ生活内容を異にした友達に交際をもつ。我々の仕事は、案外思いがけない示唆によって活気を与えられる。 ・ 心眼を鍛えるには過去の優れた本(古典)を読む。知識を得るための本ではなく、人間として考えるための良書を読む。新聞、ラジオ、雑誌、テレビ、映画、スポーツ等ばかりから、一方的な刺激を受けていると、我々はみんな馬鹿になってしまう。自分で考える事をしなくなり、感覚的な刺激に反応する1機関になってしまう。 ***** 著作権表示:株式会社田岡総合研究所 田岡將好 ***** この文章をコピーしたり、配布したり、社員研修等で使っても多いに結構ですが、 著作権表示を消さずにお使い下さるようお願いします。(http://www.taoka-s.com) |