田岡総研文書ファイル

銭湯は子供にとって重要な社会教育の場
 ふと、昔の事を思い出した。あれは、私が、小学校2年生のころだったと思う。
 当時私の家族は、札幌の東区で商売をしていた。今は東区役所のあるあたりである。そのころは今ほど道路や建物が整備されておらず、細い斜め小路があり、映画館や飲み屋がひしめき合っていた。近くに旧国鉄の官舎があり、にぎやかな街を形成していた。
 当時、風呂のある家といえば、よほど立派な家か、国鉄アパートくらいであり、たいていの人は銭湯に行っていた。
 銭湯にはほとんど1人、もしくは友達と行った。小学校2年生の私にとっては大人の社会と交わる、重要な場であった。
 あるおじさんが、ニコニコしながら、私の名を尋ねた。お父さんは何をやっているかと尋ねた。答えると、今度はどこの小学校へ通っているかと尋ねた。「北光小学校・・」。「校長先生の名前は?」「○○校長先生です」。するとおじさんは、「ああ、○○か」といかにも知っているような言い方。
 「校長先生を知ってるの?」と私が聞くと、「ああ、知っているよ。あれは私の後輩だ」と嬉しそうに言う。
 おじさんは続けて「○○はえらい。この界隈では3番目にえらい人だ。尊敬しなければならない」と言う。
 「3番目?じゃ2番目にえらい人はだれ?」と聞くと、「2番目はおまえのお父さんだ」と言う。「え?本当?」とても驚いた。「うちのお父さんを知ってるの?」
「ああ、よく知っているよ。おまえのお父さんはすごくえらい。尊敬しなければならない」と答えた。とても嬉しかった「やっぱり、うちのお父さんはえらいのか!」と確信した。舞い上がるような気分だった。(この時の誇らしい気持ちは今でも忘れない)
 「ところで、1番えらい人はだれ?」と聞くと、「1番はこのオレだ」と言う。きっと、よほどえらい人なんだろうと思った。
 家に帰ってさっそく父にその事を話した。おじさんの人相風体・会話の一部始終を話した。すると父は「そんな人は知らない」と言った。「え、そのおじさんはお父さんの事をよく知っていると言ってたよ。」すると父は「きっと、そのおじさんは作り話をしたんだろう。…でも、本当にえらい人かもしれない」と言った。
 今思うと、その時のおじさんは、やはり父の言ったように、えらい人だったような気がする。子供の父を尊敬したいという潜在願望を掴み、しかも自分が一番えらいという落ちで終わるウイットに富んだジョークだったのかもしれない。
 銭湯は子供にとって重要な社会教育の場であり、地域コミュニティーの場であった。


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