田岡総研文書ファイル

2003年、乱世20年の幕開け
 2003年、乱世20年の幕開けでございます。180年周期で巡る暦の歴史観に当てはめると、前回の乱世は、1804年に始まっております。いわゆる幕末でありますが、幕末乱世20年の頃と言うのは、未だ坂本竜馬や西郷隆盛など、後のヒーローが誕生する前であります。
 長期にわたって君臨した徳川政権にも陰りがうまれ、経済もおかしくなり、次々と出される改革方針の文言やタイトルは立派でありますが現実性に欠けるところがあり、改革が一向に進まぬまま、質素・倹約令だけが先行したので、庶民は困窮し、為政者の無策ぶりが露呈し、長年の幕藩体制の秩序維持に金属疲労が生じてきた時期でございます。
 地方では重税に苦しむ農民が頻繁に百姓一揆を起こし、都会では農村を離れて町に出てきた人々が無宿舎や博徒となって町に溢れ出します。都市型犯罪や放火が多発し、騒然とした雰囲気がたち込めます。
 そんな中、イギりスの軍艦フェートン号が長崎に乱入し、薪や水、食料等を強奪する事件が起こります。欧米列強のアジア進出に伴って来日する外国船が増え騒動が多発した事を受け、幕府は、異国船打払い令を出しますが、後にイギりスが清に攻め込み、アヘン戦争が勃発、幕府は青ざめます。
 一方、乱世20年代の後半には、いわゆる「天保の大飢饉」が発生します。以前、当時の埋蔵物が出土した最に色々な生活物資と一緒に、ノミのようなもので穴を開けられた人間の頭蓋骨が数多く発見されました。関係者は、(死んだ)人の脳みそを食べたに違いないと発表、皆がぞっとしましたが、それ程深刻な飢饉だったようです。
 飢饉は数年にも及び数多くの死者が出ましたが、幕府はここでも無策どころか自分たちの身を守る事しか考えず、怒った大塩平八郎が反乱を起こします。
 その後の天保の改革でも失敗した幕府に、あいそをつかした、薩摩・長州・土佐・肥前などの外様諸藩は、独自の藩政改革を進め、力を付けてゆきます。そして、いよいよ幕末乱世のクライマックスへと時代は進む事となります。
 現代とよく似ています。現代では欧米列強の代わりが国際テロ組織なのかも知れません。外様諸藩は地方自治体かも知れませんが、NG0やNP0の可能性もあります。
 乱世20年は本格的な乱世の幕開けの年です。今まではほんのプロロ一グに過ぎません。これから益々大きな社会変化が生じ、「常識」が通用しなくなります。しっかりと覚悟を決め、乱世にチャンスを見い出さなければなりません。
   世の中が大きく動く時にはチャンスもまた増えるのです。


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